2010年12月人生が壊れた。HIV陽性、エイズ発症。絶望とともにどこまで行ける?
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救急病棟
2006-02-12-Sun  CATEGORY: 日記
土曜日の深夜、
友人との飲みからの帰宅途中に、
あと角一つ曲がったら家というところで年輩の親父さんに声をかけられた。
「地元の方ですか?」
「はい」
親父さんの様子は何だか切迫している。
「○○病院の救命救急センターってのはこっちでしょうか?」
その病院は親父さんが歩いてきた方向に確かにあるが、
これから親父さんが向かおうという方向にはない。
そのことを伝えると、病院の人にこっちに行くように言われたという。
話ながらも親父さんはどんどん緊迫感を増していく。
家から近いし、とりあえず病院まで付き添って行くことにした。
その道程で事の成り行きを聞いた。
奥さんが出先で事故に遭い、救急車で搬送されたという。
娘さんがすでに病院に駆けつけているようだ。
親父さんは足立区の西新井というところからタクシーで来たらしい。
車なら1時間弱の距離だろうか。
知らない土地の救急病院で、家族の身に起こったいきなりの事故。
気が動転しているのも無理はないと思った。

まず、親父さんが先ほども尋ねた救急患者の受付で聞いてみると、
確かに親父さんの奥さんは搬送されてきているらしい。
救命救急センターという別の窓口になるようだ。
外へ出てそのまま敷地内を数十メートル歩けば案内が出ているが、
ひたすら焦ってどうしようもない親父さんは思わず病院の敷地を飛び出して彷徨ってしまっていたのだろう。

救命救急センターの受付へ飛び込むと、
親父さんの姿を見つけた娘さんが声をかけてきた。
「お父さんっ!」
肉親である親父さんの姿を見てホッとしたのか涙があふれてきていた。

とりあえずオレの役目は終わったので帰ろうとすると、連絡先を求められた。
本当にたいしたことをしたわけではないから恥ずかしかったのだが、
親父さんと娘さんの必死な感じに押されて、
彼の差し出した名刺の裏に携帯の番号を書いて渡した。

あれから一日がたってまた夜が来た。
奥さんはどうだったのだろうか。
親父さんはオレの親父と同い年くらいだった。
こういうことは、いつ、どこで、誰の身にも突然に降りかかってくるのだろう。
いろいろと親不孝なオレだけど、ふと、離れている家族のことを思ってみたりした。
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